全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介
第54回第54回
キャリア教育実践レポート
「富山県のキャリア教育推進」Part.2
富山県立富山いずみ高等学校の実践レポート
「生徒個々の進路に応じ、社会との接点をより多く」
富山県立富山いずみ高等学校 進路指導部 進路指導主事
笹井 正晴先生
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富山県は魅力ある県立学校づくり、キャリア教育を積極的に推進しており、進路の決定率・就職内定率ともに全国でもトップレベルを誇る。
Part.2の今回は、そんな富山県の中でも看護科と総合学科を擁する富山県立富山いずみ高等学校を紹介する。看護科は医療の高度化・専門化に対応した5年一貫教育(高校3年と専攻科2年)を実施している。総合学科は進学から就職まで幅広い進路に対応している。
学科で異なる生徒の特徴をどう把握し、どのようなキャリア教育を実践しているのか、進路指導主事の笹井先生にお話を伺った。
女子高100年の歴史の上に学科を改編
総合学科と看護科を擁する男女共学校に
本校は明治34年「富山県高等女学校」として設置以来、昭和31年の「富山県立富山女子高等学校」を経て、平成14年「富山県立富山いずみ高等学校」と改称して現在に至ります。女子高として約100年歩んできましたが、時代の趨勢から学科を改編し、総合学科5学級(現在4学級)、看護科(5年一貫教育)1学級を擁する男女共学校に生まれ変わりました。昨年5月には創立110周年記念式典を挙行しています。
本校の特徴は、その学科構成といえるでしょう。看護科はまさに15歳の時点で看護師になる意志を固めた生徒が集まり、5年をかけて定められたカリキュラムのもとに看護師国家資格を目指すわけで、そのすべてがキャリア教育といって過言ではありません。
一方、総合学科は入学時点で一から進路を考え、カリキュラムも自分でつくり科目選択していく力も養う。自分を知り社会を知り、学問を知った上で自己実現していくことを目指します。
ただ2つの科の生徒はカリキュラムや授業形態に違いはあるとはいえ、一緒の学び舎で切磋琢磨し、体育大会や文化祭、生徒会行事、クラブ活動などはもちろん一緒に行っています。
4年連続で国家試験合格率100%を誇る看護科
大学志向・地元志向が強い総合学科
本校の特徴は、富山市の中心からやや南に位置し、市内電車の駅から至近で交通の便に恵まれた環境にあること。特に看護科は全県一区なので県内中の中学校から生徒が集まっています。総合学科は富山市の中学を中心に、近隣地区から来る生徒もいます。
進路先は総合学科が富山大学や富山県立大学などの国公立大をはじめ大学が約80名、富山短大など短大が約30名、富山県立総合衛生学院など看護専門学校、医療系専門学校約20名を含む専門学校へは約45名、就職は警察官や消防士など公務員を含めて5名前後です。県内県外別では例年約90名(約6割)が県内に進学・就職し、隣の石川県を含めると100名前後となっています。近年は経済情勢などから国立大学志向、地元志向が強まっていることを感じます。
一方、看護科3年を卒業後同じ敷地内にある専攻科に2年間学んだ生徒は、4年連続で看護師国家試験の全員合格を果たし、そのほとんどは県内外の病院に就職しています。学んでいる途中にどうしても看護師という仕事が合わないと感じた生徒は、進路変更したり、一般職へ就職したりする場合もありますが、ごくわずか。また保健師や助産師になるべく、富山県立総合衛生学院などの保健学科・助産学科に進学する者が毎年数名います。
総合学科は「産業社会と人間」を軸に
さまざまな社会との接点をつくる
本校のキャリア教育は、これだという大きな特徴はありませんが、自分で学び、判断し、行動できる、自分に合わない道だと判断したら軌道修正しながらまたやり直せる人間力を育てることだと考えています。
総合学科でのキャリア教育は、1年次は「産業社会と人間」の中で重点的に行っています。その目標は職業選択に必要な能力、コミュニケーション能力、社会に寄与する態度、生涯にわたり学ぶ態度の育成にあります。具体的な取り組みには、「3分間スピーチコンテスト」「職業研究・学問研究」「上級学校・職場見学」「社会人インタビュー」「卒業生に学ぶ」「国際理解講座」「ディベートコンテスト」「面接道場」「発表会」などを展開。いずれも学年全体で企画・運営し、それぞれのステージの事前学習と事後学習も丁寧に行っています。
見学や体験後の事前・事後学習を通して
仲間と協力し合い、問題解決力の土台を養う
例えば「3分間スピーチコンテスト」では自己をしっかり見つめ、未来を描くために事前に文章を書かせて発表します。それは数年後のAO入試や推薦入試の面接対策にもつながっていきます。また生徒同士でスピーチを聞いた上で総合評価をさせたり、感想を書かせたりしています。
「社会人講話」も生徒が興味関心を持つと思われる職業人を担任団が選定して招き、進路意識や生き方を考える良い機会としています。「卒業生に学ぶ」では就職生、進学生(大学生等)を呼び、質疑応答によって自分の将来を考え、今やるべきことの自覚につなげています。
「上級学校・職場見学」では自分の進学希望の大学や興味ある職場を見学しています。大学ならば富山大学、また企業見学では放送局やベアリング工場、病院などに出向いていきます。インターンシップと違って実際に働くのではないですが、事前に学問調べや職業研究をした上で訪問し、見学した後は事後発表として、同じ場所を見学・研究した生徒同士が協力し合って壁新聞を作り、発表しています。
夏休みの課題となる「社会人インタビュー」は近親者や知り合いの大人に、仕事で大変なことややりがい、価値を感じる時、お薦めの本などを聞いて、生徒が自分なりにまとめています。またそれを冊子として全生徒の共有財産とし、そこから興味ある職業人の話を読むなど進路の参考にしています。
毎年9月には「国際理解講座」を開催しています。富山県在住の外国人(ロシア・アメリカ・中国・韓国など8カ国)を本校に招き、富山と本国の違いなどを語ってもらい、異文化理解や視野を広げることにも努めています。
これら社会人や大学教員、本校OB・OG、外国人まで、多様な講師や大人との出会いにより、自分と社会との接点を考え、進路や社会人意識を高めています。同時に事前・事後学習により、人と協力し合い、問題解決能力の土台をつくることに力を入れているのです。
研修旅行では東京の大学や企業を訪問し
見聞を広め、振り返りもしっかり行う
2学年になると総合学科・看護科ともに、7月または8月に2泊3日の研修旅行を実施しています。教育コース、経済コース、国際コース、理系コース、福祉看護コース等に分かれ、企業や大学、文化施設を訪問します。また講演や模擬授業を受けています。昨年は東日本大震災の影響で急きょ大阪方面に変更しましたが、例年東京の大学や企業、文化施設に出向いています。例えば平成22年度はベネッセコーポレーション、ライオン、日本科学未来館、コクヨ、日本赤十字血液センター、国立新美術館などを訪ねました。感想文などで振り返りも行っています。
2年生の12月中旬には2日間「出前講座」を行っています。生徒の希望が多い富山大学や富山短大、看護学校等の先生方に来ていただき、各学校の説明、学部説明と模擬授業を約90分行っています。例えば理系に興味ある生徒は、理学部と工学部の模擬授業を1日目と2日目に分けて聴くことができるよう配慮しています。
2年生の3月下旬には「卒業生との懇談会」があり、進学・就職した卒業生が、それぞれの進路決定のプロセスや学習と部活動の両立について各自の工夫や留意点について話してもらっています。
就職も進学も面接・小論文指導を徹底
推薦やAO入試対策なども早期から
3年生になっての面接・小論文の指導の徹底は、本校の大きな特徴と言えるかもしれません。毎年、数人単位ですが、就職希望生への面接・作文指導を早期から丁寧に行っています。また、外部講師や企業人(ハローワークの職員やその他の機関の先生など)を招き、初めて対面する人からの質問に答え、対話できるコミュニケーションの訓練も行い、就職試験に備えています。企業選択の際にはなるべく2社以上の中から比較検討し、「なぜその会社で働きたいのか」など確固とした志望動機を語れるよう指導しています。
もちろん進学希望者、大学・短大・専門学校ごとに受験生への面接・小論文の指導も丁寧に行っています。例えば、総合学科から看護学校を受験する者もいますが、その場合には看護科の教員が指導を行いますし、経済、芸術、保育などそれぞれの進路に対応した適切な指導ができるよう、管理職の先生方を含め学校全体で生徒をバックアップしています。
平成23年度は、約80名の生徒の個別面接指導、約50名の個別小論文指導を実施しました。
卒業研究発表会で他の生徒の発表を聞き
「自分も頑張ろう」という生徒の姿に感動
総合学科で学んだ生徒の3年間の集大成が、2月に行われる「卒業研究発表会」です。12月中旬から進路決定した生徒が中心となり、各自の進路に関わる内容や選択している授業内容に関わる卒業研究を行い、その成果を発表し合います。発表内容は様々で、スクリーンを使ったプレゼンテーション、保育児対象の自作演劇、音楽演奏などのステージ発表、芸術の作品展示、またレポートによる誌上発表などがあります。他にも調理検定に関する発表、専門学校で学ぶことの事前学習などがあります。看護科の生徒も教科の内容についてプレゼンテーションを一緒に行っています。
この時期は進路が決まった生徒もいれば、一般入試の受験を控える生徒もいるのですが、進路が違えば科目選択も違ってくる総合学科ですので、この発表を聞いた生徒が「あの友人がこの分野でこんなに頑張っているとは知りませんでした。元気をもらったので、自分も受験に頑張りたいです」と言ってくることもあります。その時は教員として鳥肌が立つくらい、嬉しい瞬間ですね。それぞれの希望と目標に向かっていく生徒が互いに刺激し合っています。
看護実習はまさにキャリア教育の場
病院での実習で人間性と技術を磨く
看護科のキャリア教育はまさに看護実習がそれにあたり、1年からは基礎看護実習、2年には救命救急法講習、専攻科の母性看護学では「ディベート」などがあります。また3年次の看護臨床実習・専攻科での臨地実習では毎年協力いただく病院こそがキャリア教育の場となるわけで、そこで人間性と看護技術をしっかり磨いています。戴帽式では生徒のほとんどが、看護師としての自覚を持った顔になっています。
教科指導でも現実社会との接点をつくり、
本校のキャリア教育はこれだと示せるように
こうした目に見える形のキャリア教育のほか、目に見えないところでの教科指導も大切だと考えています。
私は国語科の教員でもありますが、例えば小説や随筆などを読むにも、主人公の心情などに思いを馳せて考えてみることは、人の気持ちを思いやる態度となり、それはすべての職業においても大切な資質となるはず。そんな意識を持って教科書から現実世界にフィードバックできるような授業に努めていますし、今後は全教員がそうした意識を強く持てるよう「本校のキャリア教育はこれだ」と示せる理念や計画も打ち立てていけたらいいと思います。
「進路意識」と「基礎学力」が両輪
未来を切り開けるたくましい人間を育てたい
現在の課題というと、進路意識を高めることと基礎学力を充実させることの両立です。その両輪があって初めて生徒は前へと進む推進力になっていくと思います。本校の生徒は素直で真面目な資質がありますが、自分で道を切り拓いていけるたくましい力が足りないと感じる面もあります。
各教科の授業やキャリア教育をはじめ、他に部活動や行事などの機会も大切にして、自ら考え、判断し、行動できる生徒の育成を目指していきたいと思います。それはまさに本校が掲げる教育目標「豊かな知性と情操を育み、自主自律の精神に富む、未来を切り拓くたくましい人間を育成する」につながると考えています。