全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介
第63回第63回
高校教育最前線ルポ(神奈川県横浜市)
横浜隼人中学・高等学校
「『必要とされる人となる』を校訓に
進学も部活も頑張る、意欲的な生徒を輩出する」
進学も部活も頑張る、意欲的な生徒を輩出する」
私立 横浜隼人中学・高等学校
進路指導副主任 黒川 剛志 先生
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横浜市瀬谷区の丘陵地帯にある横浜隼人高等学校は、男女共学の私立高校だ。最近は進学実績も飛躍的に伸び、部活動の成果も著しい。現在は中堅私大から難関国立大へ多くの卒業生を輩出している進学校だが、かつては学力の悩みも多かったという。
同校を進学校へとリードしてきたのが進路指導副主任の黒川剛志先生だ。普通科と国際語科を擁する同校の生徒が意欲的になるまで、どのような教育を大切に、変革を図ってきたのか。高校の変遷や特徴的な試みを伺った。
「必要で信頼される人となる」を校訓に、
人間力を身につけ、コース制で学力を育む
本校は地元・横浜の名士で、明治時代に貿易を行っていた大谷嘉兵衛翁の教育に対する想いを現代に継承するべく、故・大谷高子理事長が昭和24年に設立した大谷学園を母体とした私立高校です。
昭和52年に隼人高校を設置し、同54年に中学校を設置した中高一貫校ですが、高校からの進学者が圧倒的多数を占めています。当初は男子校でしたが、時代のニーズから昭和62年からは女子入学を開始し、平成5年に鹿児島県の“隼人”と勘違いされやすいため、横浜隼人高等学校と改名して、現在に至ります。今では普通科と国際語科の2科を擁する一般的な男女共学校です。
設立当初は学力低下に悩むような男子生徒が多く集まる、俗に言う“底辺校”でした。問題行動を起こすような生徒や退学する生徒もいました。男女共学化して2代目校長が就任した約20年前から教育方針も変化し、徐々に進学校への道を歩み始めました。
本校の校訓は、「必要で信頼される人になる」です。将来それぞれの場で重要な役割を担えるよう、何より「人間教育」を基礎に置いています。校内で出会う人との挨拶、きちんとした身だしなみの指導からスタートし、他人への思いやり、環境への優しさ、差別や偏見のない広い視野、そして困難に打ち勝つ勇気や、最後までやり遂げる責任感を身に着けることに力を注いできました。それらが時代を拓くカギと考えて教育しています。
普通科は3コース制で生徒個々の能力や希望進路に対応し、
国際語科では実践的な英語教育を実施
普通科では一人ひとりの可能性に応えて、10数年前からコース制を導入し、今は3コース制を採ります。
「特別選抜コース」は国公立大学合格という高い目標を全員で共有し、互いに切磋琢磨しながら目標達成を目指すコースです。3年次は、毎週放課後に英・数・国の二次対策特講を開講し応用力を伸ばします。
「特進コース」は主に難関私立大学や3教科型の国公立大学への一般入試で現役合格を目指すコースです。両コースとも、英語・数学は1年次から習熟度別授業を採り入れています。得意な科目は難易度の高いクラスの授業で飛躍し、苦手な科目は難易度の低いクラスで基礎から学べます。
「進学コース」は、個性を活かした進路実現を目指すコースで、1年次のカリキュラムは上記2コースと共通。また大学進学はもちろん、医療・看護、調理・成果・美容などの短期大学や専門学校、公務員などへの進路に対応しています。
これらは3年間同じコースということではなく、学年進級の際、進路・学力の状況を考慮し、コース移動が可能で、良き切磋琢磨を促しています。
また2年生からはどのコースも文系・理系に分かれますが、2年生までは文系でも数学を、理系であっても国語などはきちんと学びます。特に数学は小論文の論理構成にも役立ちますし、何より人間的基礎力の定着を重視しているからです。
国際語科は英語を中心としたカリキュラムで英語の4技能を身に着け、総合的な英語力の養成に力を入れています。また異文化理解のため長期留学・短期留学、豊富な課外活動を用意しており、国際社会に必要な教養を身に着けています。TOEICスコアが900点を上回るような、優秀な生徒も出てきています。国際語科は女子の人気が高く、文学・語学・国際系大学への進学率が高い傾向があります。
二期制で50分・90分授業を併用、
習熟度別授業等で良い競争環境に
学習支援としては、前期・後期の二期制を採ることで十分な授業数を確保しています。また大学入試問題の演習や重要単元の確実な定着のため、50分授業のほか、週6回の90分授業を時間割に組み込み、学習効果を向上させています。
90分授業を採り入れることで、高1の段階から可能な限り入試問題を解かせることが可能になります。90分授業は火・木・金の集中力のある午前中に配置。その分終業が2時35分となり、3時15分から希望性の補習・講座の実施を容易にしています。
補習・講座は、日々の学習の定着を図るのに加え、英語検定対策や大学入試対策等、自分の希望するものを選ぶことができます。受講料は無料で、得意科目・不得意科目、部活動との両立を自分で考え、自分に合った1週間のスケジュールを組むことができます。
また「横浜隼人ブロードバンドシステム」として、長期休業中の効果的学習ツールとして一人1台のパソコンで100種類以上の授業から好きなものを選んで受講できます。これは有料ですが、個人で登録した時の10分の1の料金で受講が可能。とにかく自分なりにさまざまな選択肢から必要なものを選んで、予備校に行かずとも受験に向かえる工夫をしています。
私は、進路指導のほか小論文指導も行っていますが、コース制のもとここ10年で感じるのは、生徒が妥協しなくなってきたこと。むしろ親御さんの方に、現役合格できればどこでもいいという安定志向が見られます。子供の挑戦意欲を後押ししなくなっている面が見受けられるのは少し残念です。
ただし、生徒の中には例えば現役で青山学院大学に合格したけど、浪人して慶応義塾大学に挑戦したいという生徒も出てきました。実際に浪人して慶応が不合格、青山に再び合格したのですが、「この1年は無駄ではなかった。去年と今年では、自分の実力が格段に違う」と語る生徒も出てきました。
また本校ではかつてキャリア教育をいち早く導入し、インターンシップを行った時期もあります。ただし数日間の体験学習では仕事の厳しさまでは分からず、逆に夢見がちになるだけという弊害もありました。例えば女子に人気の看護師も人の役に立てる素晴らしい仕事のイメージが先行し、夜勤もあって体力的にきつい実態をつかんでいない生徒が多かったのです。
その子たちには、厳しい現実をこちら側から伝えてあげることに。それでも好きな子は厳しさを覚悟の上、目指すようになります。中途半端なキャリア教育で甘い考えが出るのならそれは辞めて、目の前の勉強に集中させることが先決。やればできるという自信をつけさせることで、将来の夢が目標に変わっていくことを感じています。
一方で、地域公開教室を開いて小学生に生徒が勉強やスポーツを教えたり、卒業生講演会などで先輩から話を聞くなど、地域や卒業生と交流を持つキャリア教育は残しています。
運動部・文化部共に部活動も活発、
困難を乗り超える達成感を大切に
本校では部活動の加入率も8割を超えるほど、力を入れています。その結果、2008年には野球部が夏の甲子園全国大会に初出場を果たしました。また美術部も10年連続で全国大会に出場するなど、運動部・文化部共に活発です。部活動を頑張ってAO入試や指定校推薦を狙う生徒もいますが、一般入試を目指す生徒も増えています。
特に野球部が甲子園に出場した時に、OBが大挙して甲子園に集まり、応援に熱を入れてくれた時、母校を誇らしく思ってくれていることを実感。部活動でも進学実績でも成果を上げることは、生徒もOBも学校全体をイキイキとさせることを感じました。
今では横浜国立大学や横浜市立大学、首都大学東京などの国公立大、MARCHクラスの中堅私立大から早慶上智にも現役で合格者が多数出ています。今後はぜひ東大現役合格者の輩出も目指していきたいですね。
自分もやればできるという自信、次も頑張るというチャレンジ精神を持ってくれる姿が励みとなり、先生と生徒の間にも良い切磋琢磨や相乗効果が生まれていると感じています。
今の教育の現場で、多くの先生や保護者は生徒たちの目の前の困難を取り払ってやろうと考えがちですが、自分で選択したからには責任をとらせるような指導、厳しい困難やワンランク上の課題に挑戦させる教育も大切でしょう。
今の生徒は何でも用意されているのが当たり前と思いがちで、一から考えることが苦手です。時には手をあえて差し伸べないで見守り励ましながら、大きな達成感を感じさせてあげる、そんなムード作りやリーダーシップが必要ではないでしょうか。